映画『タイタニック』のモデルとなったタイタニック号の沈没事故。
「沈まない船」として提唱されていたタイタニック号の沈没事故について、今もなお多くの謎が残されたままです。
犠牲者1,500人以上とも言われるタイタニック号が沈んだ場所はどこなのか?
また、タイタニック号沈没事故はいつ起こったのか?
今回は、タイタニック号の事故にあった日や沈没場所について調べてみました!
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タイタニック号は沈没事故はいつ?
タイタニック号が沈没事故は、1912年4月14日深夜に起きたそうです。
ちなみに1912年の日本は、ちょうど明治(45年)から大正(元年)へと元号が移り変わった年。
タイタニック号の沈没事故は、イギリスのサウサンプトン(Southampton)からアメリカのニューヨークまでの航海中に起こりました。
タイタニック号にとっては、完成してから初めての航海中での事故。
その処女航海中に、1912年4月14日深夜午後11時40分に北大西洋上で氷山に衝突し、その翌日未明1912年4月15日深夜午前2時20分にかけて沈没しました。
北大西洋の凍てつく氷の中、救助の船が来る前に沈んでいったとのことです。
ニューヨークに向う途中、フランス北西部に位置するシェルブールとアイルランドのクイーンズタウン(旧コーヴ)、2つの港に寄港しました。
ニューヨークにたどり着くこともなく最後のタイタニック号の最後の寄港地は、1912年4月11日に寄ったアイルランドのクイーンズタウンとなったようですね。
タイタニック号航路:サウサンプトン/イギリス → シェルブール/フランス北西部 → クイーンズタウン/アイルランド →(ニューヨーク)
【タイタニックについて】
・タイタニックの正式名称:「RMS Titanic」
1909年に建造が始まり約1年かけて完成
・全長:268m
・幅:28m
上甲鈑までの高さは11階建てのビルと同じ
・乗客・乗員:2200人
タイタニック号が沈んだ場所は?
タイタニック号が沈んだ場所は、大西洋のニューファンドランド島の沖合です。
イギリスのサウサンプトン(Southampton)を出発し、途中からアメリカのニューヨークまでの航海中に起こりました。
緯度経度情報は、41°43’35.00″N 49°56’54.00″W
現在タイタニック号は、海底3,650メートルのところに沈んでおり、バクテリアによる腐食が激しく既に20%が酸化しているとのこと。
また2100年までには自重に耐えきれずに崩壊すると見込みのようです。
「タイタニック国際保護条約」では、タイタニックを保存対象に指定し、遺物の劣化と違法な遺品回収行為を防ぐこととしています。
【タイタニック号にみる社会の縮図】
今よりももっと厳しい格差社会であった当時、1等から3等の船室は厳しく区切られていたとのこと。
3等には貧しい人々、1等には大富豪や貴族が多かったようです。
また犠牲者についても、1等の乗客のうち半分(女性と子供がほとんど)が助かる一方、3等の乗客で助かったのは、たった4分の1。
このタイタニック号の沈没事故により「SOLAS」という国際条約が定めれれました。
・船舶には全員が乗 船できるだけの救命艇を備えること
・乗客の等級による救出順序を廃止する ことなどが記載されている
【タイタニック号の乗船料はいくらだったのか?】
1等の料金:現在の価値で約545万円
3等の料金:現在の価値で約2〜5万円
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まとめ
今回は、タイタニック号の事故にあった日や沈没場所について調べてみました!
映画『タイタニック』のモデルとなったタイタニック号の沈没事故。
今もなお、「沈まない船」として提唱されていたタイタニック号の沈没事故について多くの謎が残されたままです。
タイタニック号が沈没事故が起きたのは、1912年4月14日深夜。
沈没場所は、大西洋のニューファンドランド島の沖合です。
今もなお、「沈まない船」として提唱されていたタイタニック号の沈没事故について多くの謎が残されたままですが、1500人以上もの犠牲者の命を無駄にしないためにもこの事故を教訓としていかされてほしいですね。